SPEAKER
- 菊地 宏之
- ネオス株式会社
BXサービス事業部 事業部長
Interview
2009年頃、私はネオスの前身であるプライムワークスに入社し、KDDIとの共同事業におけるプロジェクトマネージャーとして出向しました。大手通信キャリアの中で、社外の立場としてプロジェクトを推進するというのは大きな挑戦でしたが、組織の規模や文化の違いを肌で感じながら多くの学びを得ました。その後、2012年頃にネオスへ復帰。ちょうどスマートフォンが一気に普及し始めた時期で、従来のガラケー向けコンテンツ中心のビジネスモデルから、新たな事業領域へのシフトを模索している真っ只中でした。
そうした中でリリースしたのが、連絡先管理アプリ「SMARTアドレス帳」です。スマートフォンにも電話帳機能は標準で備わっていましたが、海外仕様に起因する使いづらさや、ガラケーからのデータ移行に伴う課題も多く、日本市場に即したニーズに対応する形で、使い勝手と実用性を両立させた独自のアプリとして開発しました。
KDDIとの関係も続いていたことから、このアプリを提案したところ、「まさにこういうものが欲しかった」との評価をいただき、2013年には法人向けサービスとして本格展開を開始。振り返ってみれば、これがネオスにとってBtoB領域のサービス展開へ本格的に踏み出す契機となりました。
また、当時はAWSなどのクラウド環境が整い始めていたタイミングでもあり、これまで蓄積してきたモバイルサービスの運用ノウハウやサーバー構築の知見を活かし、SaaS型サービスを提供していく上での土台を築く取り組みにもなったと感じています。

このアドレス帳サービスの提供を皮切りに、次なる展開として着手したのが“コミュニケーション領域”でした。連絡先管理の次は、「人と人をどうつなぐか」――。FacebookやTwitter(現X)、LINEといったSNSが急速に広まる中で、法人でも安心・安全に使えるチャットツールのニーズがあるはずだと考え、セキュアなチャットサービス「SMART Message」の開発・提供に着手。ところが、当時はまだBtoBサービスの販売ノウハウが十分に整っていなかったこともあり、思うように導入が進まず苦戦を強いられます。さらには、LINEから競合サービスが登場したり、大手グループ企業との商談が成立間際で白紙になったりと、非常に厳しい局面が続きました。
事業の進退が問われる中で、チャット機能に付加価値を与える“チャットボット”という新たな概念に活路を見出します。ちょうどFacebookがチャットボット向けのAPIを公開し、世界的にもチャットとAIを組み合わせたサービスの可能性が注目され始めた頃でした。私たちが構想したのは、既存のチャットサービスに接続し、自然言語ベースで業務の自動化を実現する“業務用チャットボット”。自然言語処理の仕組みと、顧客の多様な業務ロジックに応じてアプリケーションをカスタマイズできる拡張性を兼ね備えたチャットボットプラットフォームとして、2016年末に「SMART Message BOT」を開発し、提供を開始しました。これが、現在の「OfficeBot」へとつながる、ネオスのAI事業の原点です。

とはいえ、当時はまだAI市場は黎明期。「AIがすべてを自動化してくれる」といった過剰な期待ばかりが先行し、現実的な導入プロセスや運用コストへの理解がなかなか得られませんでした。期待と実態のギャップを痛感し、2018年頃にはチャットボットをより手軽かつ低コストで導入できる“パッケージ型”へと再構成することを決断します。問い合わせ対応に特化し、FAQデータを投入するだけでAIが自動でシナリオを生成できる独自エンジンを開発。プラットフォームをフックに個別のソリューションに繋げる戦略から、汎用性を追求することでより多くの顧客にアプローチするSaaSビジネスへと事業戦略を大きく転換したのです。
加えて、販路拡大に向けて展示会への出展を積極化し、リード獲得と商談機会の創出に注力しました。しかし、直後に訪れたコロナ禍により展示会は軒並み中止に。そうしたタイミングで、販売戦略をゼロから見直すことになり、外部コンサルタントの力も借りてブランディングやマーケティングの立て直しを図りました。
当時はWebサイトすら十分に整備されておらず、コンサルの方から「これはもうゼロからやりましょう」と言われたのを今でもよく覚えています。カスタマージャーニーマップの特定から着手し、媒体選定とそれに応じたコンテンツの企画・制作、マーケティングオートメーションの導入と運用設計、インサイドセールス体制の立ち上げなど、リード獲得からクロージングまでオンラインで完結する販売プロセスを手探りで再構築していきました。そうした中、社会全体でもDXの機運が高まり、ようやく「これは事業としていける」という実感が持てるようになってきたのです。
そして2022年、生成AIのブレイクスルーとなるChatGPTの登場が、チャットボットの常識を根本から覆す大きな転機となりました。私たちもいち早くこの技術を取り込み、RAG(検索拡張生成)や独自のナレッジベース連携による高精度な応答機能を実装。より実務に即したAIアプリケーションへと進化を続けています。
かつて事業を立ち上げた当初は、市場自体が「AIの可能性を模索」しているようなフェーズが続いていましたが、今は市場の期待を上回るスピードでテクノロジーが進化しており、あらゆる構想の具現化に向けて必要な要素技術やリソースを選択することで、「AIを実装」するフェーズに入ったと感じています。今後はさらに、デジタルネイティブならぬ“AIネイティブ”を前提とした、既存のビジネスモデルの再編が至る所で起こると予想されます。競争は激しさを増していますが、それ以上に、技術の進展と市場の広がりがもたらす可能性が大きく、事業としての手応えと将来性を強く感じています。

チャットボットも、もはや単なる局所的な自動応答ツールにとどまりません。もっとたくさんの企業データに、日常的な会話で簡便かつ高速にアクセスできるようにすることで、データの民主化を促進し、業務の自動化と高度化をますます加速させる自律的な“AIエージェント”として、より本質的な価値が求められる時代に入っています。私たちもその未来を見据えながら、引き続き価値あるサービスづくりに挑んでいきたいと思っています。