SPEAKER
- 長嶋 朗
- ネオス株式会社
コンシューマ&コンテンツカンパニー シニアバイスプレジデント
Interview
dキッズにおいて私たちが目指したのは、単に子どもが楽しめるだけではなく、しっかりと知育や教育のメソッドに基づいた価値あるコンテンツをつくることでした。そのために本屋で関連書籍を買い込んで分析したり、文部科学省の学習指導要領を徹底的に読み込んだりと、地道な取り組みを重ねていきました。そうした試行錯誤が実を結び、コンテンツとしての完成度が高まるにつれて、dキッズ内での評価も着実に向上。コンペでも負け知らずでした。

とはいえ、当時のdキッズでは、ある大手玩具メーカーのコンテンツが長らく不動の1位におり、それを超える人気コンテンツを生み出すことが一つの目標となっていました。そうした中で転機となったのが、「家庭内のお手伝い」をテーマにした企画です。オリジナルキャラクターを使い、皿洗いや掃除などの家事コンテンツをクリアしていくという、ゲーミフィケーションの要素を盛り込んだ設計にしました。子どもの「やってみたい」という好奇心を刺激しつつ、保護者も安心して与えられるコンテンツとして、手応えのある企画に仕上がったと感じていました。
実際、コンペではすぐに採用が決まりましたが、ここであるアイデアが頭をよぎります。「これを“クレヨンしんちゃん”でやれば、もっと大きな反響が得られるのではないか」――その直感を信じ、企画を一旦取り下げ、すぐに版権元の双葉社にプレゼンに伺いました。何度も提案とブラッシュアップを重ね、試行錯誤の末に誕生したのが、2017年にリリースした『クレヨンしんちゃん お手伝い大作戦』です。期待通り、dキッズ内で念願の1位を獲得。キャラクターの持つ力と知育コンテンツとの融合によるシナジーを改めて感じました。
ゲーミフィケーションを取り入れたコンテンツは教育系出版社にも注目され、「子どもが楽しみながら取り組める知育的アプローチ」として評価されるようになりました。ちょうどその頃から、教育関連の展示会に出展する機会も増え、受託案件の相談や引き合いも相次ぐようになります。同時期には、買い物カートと知育コンテンツを組み合わせたプロダクト企画なども手がけ、知育・教育分野での取り組みを拡大していきました。

着実に実績を積み重ねる中で、次なる事業拡大の一手として「コンソールゲーム市場への参入」が現実味を帯びてきます。IT企業としては未知の領域ですが、これまでコンテンツ事業で培ってきたノウハウは活かせるはず。なにより私自身、入社当初からゲーム事業の構想を温めていたこともあり、「このタイミングを逃してはいけない」と腹を括ったのです。
キッズやファミリー層をターゲットに据え、市場規模を踏まえて当初は「Nintendo 3DS」向けのタイトルを検討していました。しかしその頃、新たに発売された「Nintendo Switch」が実質的に携帯ゲーム機としての特性も備えており、いずれ3DS市場は淘汰されていくだろうという流れが見え始めていました。競合もまだ少なかったことから、思い切ってSwitch向けの開発に舵を切ります。
過去の任天堂系キッズ向けタイトルをデータベース化し、どの会社がどんなジャンルのゲームを作り、何本売れたかといった情報を徹底的に分析しました。しかし、満を持してリリースした2作品は、「ヒット」と呼べる水準には届かず。これまでの経験やノウハウをもってしても、コンソール市場は一筋縄ではいかないという現実を痛感させられました。
そして、まさに背水の陣ですべてを懸けて企画したのが、2022年に発売した「クレヨンしんちゃん『オラと博士の夏休み』」です。イメージしたのは、昭和レトロの世界観で人気を博したアドベンチャーゲーム「ぼくのなつやすみ」。昔ながらの夏休みのイメージで、風が吹く草原の中を、虫取り網を持ったしんちゃんが駆けまわる――そんな景色を思い浮かべながら一枚のカンプを描きました。それを基に、版権元の双葉社や「ぼくのなつやすみ」のプロデューサーである綾部さんに提案し、実現まで漕ぎつけたので、そのカンプがある意味原点ですね。

ゲームソフトの開発はアプリと違う部分もありますが、大事にしなくてはいけないポイントは変わりません。頭のなかに完成品のイメージが出来たら、それをブレないように追いかける。本作で言えば、ねらいは「ぼくのなつやすみ」の世界観と「クレヨンしんちゃん」の掛け合わせです。ただ、それぞれの作品に対する思い入れがありますから、方向性がまとまってからも関係者内で調整は続きました。自分も企画段階からずっと、「しんちゃんなら何ができるか」――四六時中、そればかり考えていましたね。グラフィック、ストーリー、UI、背景美術、あらゆる要素に一切妥協せず、ユーザーの心に残る体験を届けることに全力を注ぎ、チーム全体がかつてないほどの熱気に包まれていたと思います。そして、このタイトルによって、ようやく本格的にゲーム事業への道筋を切り拓くことができたのです。
改めて振り返ってみると、私たちの強みは、IPの持つ個性や世界観を深く理解し、その魅力を最大限に引き出す企画を創り出す力にあると感じています。IPと企画の“化学反応”とも言えるような瞬間を何度も経験しましたが、このノウハウはなかなか他にはないものだと思っています。
その根幹にあるのは、ガラケー時代の着せ替えコンテンツを皮切りに、知育アプリや教育分野の受託開発で培ってきた企画力・開発力、そして魅力溢れるキャラクターのライセンサーとの強固な関係性。この土台があったからこそ、コロナ禍という逆風を乗り越え、新たな事業の柱となるゲームビジネスを築くことができたのだと実感しています。