技術が紡ぐ、新たな体験価値の創出
IT業界では日々、技術革新が進んでいる。その波は時に激しく、時に静かに、この20年の間にも大小さまざまな変革の波が押し寄せた。そのたびに活路を模索し、乗り越えるなかで蓄積された技術やサービスノウハウこそが、テクミラグループの挑戦を支える原動力となっている。そして祖業であるコンテンツ事業の現場でも、新たな地平が拓かれようとしていた。
2024年3月、ネオスは3Dサウンド制作配信事業を手がけるnext Sound株式会社と資本業務提携を結び、空間オーディオ技術「8Way Audio」の共同開発事業を展開。新たな“音”の世界をテクノロジーで切り拓く――この取り組みもまた、ネオスにとって未踏の領域への挑戦であった。その道程は、従来の音響技術の延長線ではなく、ゼロからの発想転換と試行錯誤の積み重ねによって形作られていくこととなる。
「8Way Audio」誕生の背景には、映像と音響の進化のギャップに対する課題意識があった。近年、映像技術は4Kから8K、さらにはVR・ARといった没入型体験へと目覚ましい進化を遂げてきた一方、音響分野はモノラルからステレオへと進化した1970年代以降、約半世紀にわたり大きな変化が乏しいままだ。また、サブスクリプション文化の浸透により、音楽を楽しむ環境もCDからストリーミングへとシフト。利便性が増す一方で、音質面ではデータの圧縮による劣化を受け入れるのが当たり前になりつつある。
こうした現状に危機感を抱いたのが、レコーディングエンジニアとしてのキャリアを持つnext Sound代表の飛澤氏だった。映像が空間を超えて進化する時代に、音響も“その場にいるような体験”を実現できないか――そうした発想のもとで研究を重ねた結果、生まれたのが「8Way Audio」の中核技術『8Way Reflection』である。
『8Way Reflection』は、ステレオ音源にわずかなディレイ(遅延)を加え、前後・左右の4方向をさらに上下2階層に分けた計8方向に広がる反射音を生成・合成することで「空間オーディオ」化し、まるで“音が頭の外から聞こえる”ような臨場感を実現する革新的技術だ。特筆すべきは、従来の立体音響技術は専用のコンテンツ制作が必要であるのに対し、『8Way Reflection』は既存のステレオ音源をリアルタイムで空間オーディオ化できる点だ。これにより、リスナーは手持ちのイヤホンやヘッドホンを通じて、誰でも簡単に没入型の音楽体験を楽しむことが出来る。

立体音響市場では、米国Dolby Laboratoriesの「Dolby Atmos」が多くの映画・音楽シーンに導入され、実質的に業界標準となりつつある。しかし、専用の音源制作や設備・配信コストなどが障壁となり、一般の生活空間で日常的に立体音響を楽しめる環境はいまだ十分に整っていない。『8Way Reflection』は、その点を根本から覆す技術であり、映画や音楽にとどまらず、テレビ放送やスポーツ中継、ゲームサウンドなど、ステレオが主流となっている多様な領域へ適用される可能性を秘めていた。
飛澤氏はこの技術を実用化すべく、2020年にクラウドファンディングで2,500万円の資金を調達し、翌2021年には特許を取得。本格的な事業化を見据えて開発パートナーに選んだのが、デジタルサービス領域での実績豊富なネオスだった。
飛澤氏のスタジオで『8Way Reflection』のデモを体験したネオスの代表・池田は、その圧倒的な臨場感に驚き、即座に可能性を確信した。「これがスマホで再現できれば、音楽コンテンツの価値は一気に広がる」――そんな思いから共同開発がスタートした。
技術を汎用的に届けるためには、ユーザーが使うデバイス――すなわちスマートフォンへの実装が最適解と考えたネオスは、飛澤氏が開発したプラグインを、まずはPC向けのスタンドアロンアプリとしてソフトウェア化し、さらにモバイルOSへの移植を進めた。開発と検証を重ね、実用化の目処が立った2022年末、名称を新たに「8Way Audio」として NTTドコモおよびシャープへの提案に踏み出す。両社にデモンストレーションを持ち込み、独自技術として大きな関心を得ると、商用化に向けて音質のチューニングや消費電力の最適化といった調整が進められた。「AQUOS」ブランドを展開するシャープは、テレビで培った映像技術をスマートフォンにも搭載するなど画質の追求を続ける一方、近年は“音質”の強化にも注力していた。そうした方向性と「8Way Audio」の理念が合致し、2024年末にNTTドコモから発売された新端末「AQUOS R9 pro」への搭載が実現。長年にわたる開発努力が実を結び、次世代の空間オーディオ技術が新たな市場への第一歩を踏み出すこととなったのである。
さらに2025年には、「AQUOS R9 pro」の後継機である「AQUOS R10」への搭載によりキャリアフリー展開が進み、日本国内に加え台湾、シンガポール、インドネシアでも順次販売される予定だ。「8Way Audio」自体はまだ成長過程にあるが、スマートフォン市場におけるグローバル展開が視野に入り、その可能性は大きく広がっている。
こうした先進的な技術やサービスが生まれる背景には、創業期から積み上げてきたネオスの技術文化がある。電子コミックビューアーやFlashエンジンといった、ガラケーやスマートフォン黎明期のプラットフォームに新しい体験価値をもたらす技術を次々と創出してきた歴史が、その基盤を形作っている。「8Way Audio」は、こうした“技術でコンテンツの可能性を広げる”というDNAが、現在の市場環境に適応した最新の形と言える。創業期から続く「Technology×Contentsによる価値創造」という軸は今も変わらず、今後もさまざまなデバイスやサービス領域への応用を通じて、次なる価値の創出に取り組み続けていく。
HRTech事業に参入――テクノロジーで組織の未来を支える
振り返れば、テクミラグループの歴史は単一事業に依存せず、常に変化の局面で新たな手を打ち続けた軌跡である。外部環境の変動に対応し、時に自ら変化を先導することで、20年間事業の厚みを増してきた。そして2024年末、また新たな領域へと踏み出した――HRTech企業、株式会社Retoolのグループ参画である。
Retoolの創業は2018年。創業者であり現代表取締役の貝谷は、それまで複数のベンチャー企業でリソース最適化やマネジメント改善に携わってきた人物だ。日々現場で直面する業務負荷の偏りや不均衡な人材配置といった構造的な課題。それらを部分的な対処ではなく根本的に解決し、誰もが使える仕組みに落とし込むべく立ち上げたのがマネジメントDXサービス「Retool(リツール)」であった。
「Retool」は、業務で日常的に使用する端末やツールから稼働データを取り込み、作業状況や生産効率を可視化する。これにより、不要な作業の洗い出しや偏在する業務によるリソース過多といった問題を定量的に評価し、最適なタスク配分と配置を導き出すことができる。これまで感覚や経験に依存していた組織運営を、データドリブンで再構築する仕組みである。
こうしたサービスが生まれた背景には、近年の人材・組織を取り巻く構造的変化も大きい。少子高齢化による労働力人口の減少、キャリア観の多様化、働き方の柔軟化が進む中で、企業の現場では「適切な人材をいかに採用し、いかに活かすか」が一層重要な経営課題となっている。特に組織運営においては、従来の属人的なマネジメント手法では限界が生じ、課題を把握できても是正するための具体的な指針が持てないまま、対応が後手に回るケースが少なくない。「Retool」はそうした状況に対し、稼働データの定量的な可視化によって、納得感と再現性のある改善アクションを導く仕組みを提供している。

一方で、そもそも人材を「活かす」以前に、「必要な人材を確保できない」という採用面でのボトルネックもますます顕在化している。従来型の求人広告や人材紹介に頼った母集団形成では、企業のニーズと求職者の価値観に乖離が生じたり、希少なハイレイヤーや専門人材の獲得競争に勝ち抜くことが難しくなりつつある。いかに戦略的にアプローチするかが問われる時代に、Retoolは採用領域においても新たな挑戦を始めている。それがAIスカウトサービス「HABUKU(ハブク)」だ。
「HABUKU」は、採用ペルソナに適合する候補者をAIが自動判定し、ソーシングからスカウトまでを一気通貫で効率化するサービスである。従来であれば人の手で行われていた求人票の作成やスカウト業務などをAIが最適な形で実行し、ベンチャーや中小企業など人事担当者のリソースが限られているような現場でも、少ない負担で攻めの採用活動を展開できる。さらに、Retoolが培ってきたエージェント業務の知見や独自の集客スキームを基盤に、候補者との接点創出や最適なアプローチ戦略までサポート。単なる効率化にとどまらず、「今すぐ優秀な人材を確保したい」「限られた予算で成果を出したい」といったニーズに寄り添い、採用の“質”と“効率”を両立できるよう設計されている。近年、優秀な人材確保を巡って企業間競争が激化する中、採用活動においてもこれまで以上に「戦略」と「実行力」が求められている。「HABUKU」はその両輪をテクノロジーで支えることで採用担当者や人材紹介事業者のニーズをつかみ、導入は短期間で広がりを見せている。
このRetoolが加わったことで、テクミラグループは業務やサービスのDX支援にとどまらず、「人」と「組織」そのものに対する変革支援へと事業領域を拡張した。さらに、グループが保有する多様な顧客基盤や技術資産といったアセットの共有に加え、人材確保という経営課題に対しても大きな意味を持つ。
8Way Audio、そしてRetool――これらは単なる事業拡張のみならず、グループの次なる成長を切り開くための新たな戦略基盤となっていくであろう。
